書斎



ローカリゼーション最前線

(「通訳・翻訳ジャーナル」 1999 年 6 月号記事)


以下は、1999 年 6 月号の 「通訳・翻訳ジャーナル」 に掲載されたローカライザ L&H と同社内における宮代翻訳チームの活動を紹介した記事で、イカロス出版社のご好意により、ここに再録いたしました。なお、L&H のローカライズ部門は別の大手ローカライザであるバウン・グローバルに吸収合併され、現在は存在しません。



  L&H Japan Inc. (Mendez)
     コンピュータソフト・ハードの現地化に伴う外国語から日本語へ、日本語から多言語へのドキュメンテーションサービスを一手に請け負う

ローカライザーというタイプの業者が翻訳会社の新しいタイプの企業としてここ数年注目されている。これは、ハードおよびソフトウェアのマニュアルおよびシステムそのものをまるごとパッケージで現地化を図る事業者のこと。日本では、マニュアル制作会社や翻訳会社がこれに相当する事業を行ってきたが、ここのところ外資系のローカライザーの進出が増えている。L&H Japan Inc.(Mendez)はこうした外資系ローカライザーのうちの1社だ。同社の業務内容、部門構成、業務に従事するプロたちを紹介していこう。


Background of the company
言語処理技術開発グループの一翼を担い、日本語対多言語のローカライズを請け負う

L&H Japan Inc. (Mendez) は、もともとベルギーに本拠地を置き、米国 NASDAQ (全米証券業協会相場情報システム)や EASDAQ (欧州証券業相場情報システム)に店頭公開している音声デジタル処理技術の専門企業、Lernout & Hauspie Speech Products (L&H 社) の翻訳事業部門、L&H Mendez 社の日本法人である。

親会社の L&H の音声デジタル処理技術事業とは、(1) 音声認識、(2) 音声合成、(3) 音声圧縮、(4) 機械翻訳の4種類の事業をコアとするもの。平たく言えば、L&H は、最近パソコンにも搭載されるようになった音声認識装置やテキスト読み上げシステムなどの開発・販売を行っている企業なのである。ちなみに、2000 年に販売される予定の OS「Windows 2000」の音声エンジンは L&H 社製のものである。

パソコン市場拡大に伴い、L&H グループは3年前から日本に進出。まず、音声技術の開発・販売を担当するレルナウト・アンド・ホスピー・ジャパン とエル・アンド・エイチ・ジャパン を設立し、老舗の機械翻訳ソフトの開発会社エー・アイ・ロジックを傘下に収めた。そして昨年 10 月に、L&H グループの翻訳事業部門、L&H Mendez の日本法人を発足させたのである。

 L&H Mendez は、ヨーロッパ最大の翻訳会社で、ヨーロッパを中心としてアメリカなどに拠点を持ち、アジアでは日本に次いでこの4月から北京に支店がオープンする。L&H Mendez 全体で従業員は 1,000 人にもおよび、L&H グループでは総勢 2,000 人もの規模を誇る言語処理開発・サービス集団、それが L&H なのである。

こうしたバックグラウンドを持つ L&H Japan Inc. (Mendez) の主な事業は、企業で発生するさまざまなドキュメントのローカリゼーション。英語だけでなくさまざまな言語から日本語版への制作、および日本語から多言語版への制作を請け負う。すなわち、15 ヵ国語に対応するマルチリンガル・ベンダーとして、今後本格的に日本市場へ参入する予定だ。

Top Interview
    インターネットを利用した受注システムを構築し、トランスレーションメモリをオンライン上で稼働させるなど、翻訳の自動化を目指す専門書を読んだり、当該製品のメーカーのWebを見たりして理解を深める

L&H Japan Inc.(Mendez) 取締役 マイケル・シャノンさん

そもそも当社が日本に進出しようということになったのは、第1に日本は市場そのものが大きいということ、第2に外国語版から日本語版、日本語版から外国語版のローカライズを図るにしても日本法人の権限が強いということがあるからです。

L&H Japan Inc. (Mendez) の仕事は大きく2種類。1つは、ヨーロッパやアメリカのクライアントから依頼された日本語、中国語、韓国語を始めとするアジアの言語へのローカライズです。大規模なプロジェクトになりますと、それぞれの言語のベンダーにローカライズを依頼するのは手間がかかりますから、1ヵ所のマルチリンガル・ベンダーに仕事を依頼することになります。そして、もう1つの仕事が、日本企業がヨーロッパの各国市場に進出する際のドキュメントのローカライズ。15 ヵ国語に対応できるだけでなく、クライアントのニーズに応じてさまざまなサービスを展開する予定です。

具体的に申し上げますと、日本語から英語、もしくは日本語から各国語への展開だけでなく、お客様の要求に応じて英語から各国語へのライティングも可能です。また、予算や用途に応じて多様な翻訳手法を用意しております。例えば、1)機械翻訳だけによるサービス、2)機械翻訳と翻訳者(人間)によるレビューを組み合わせたサービス、3)一から翻訳者(人間)が訳すサービスなどです。近い将来、クライアントがいずれかの手法で簡単に仕事が依頼できるようインターネットからの受注システムを稼働させる予定です。

また、大規模案件については、お客様からのご要望があれば、"Trados Workbench" のような翻訳支援ツールで訳し、支援ツールが対応できない部分は機械翻訳で処理するといったテクノロジー・サービスも提供するつもりです。

インターネットの普及・発展により時間的にも物理的にも制約が少なくなりました。ニューヨークの情報が瞬時に日本で入手できる時代になったのです。インターネットを中心としてさまざまな分野で自動化も進みました。オンライン・ブックショップの「アマゾン」がその例で、自分のところでは在庫を持たずに本の流通の自動化を図ることができたのです。翻訳も同様のことが可能だと私は考えております。クライアントはインターネットを通じて発注し、翻訳者はインターネット上で "Trados" のようなツールを稼働させて在宅で仕事をするのです。こうした翻訳の自動化が図れる企業はそう多くはない。L&H は翻訳の自動化という時代のニーズに対応できる数少ないベンダーの1社だと考えております。

記事内容一部省略

L&H Japan (Mendez)で活躍している人たちと業務の流れ

営業活動

L&H Japan Inc. (Mendez)の場合、受注ルートは2つ。1つは、親会社の L&H Mendez。親会社が受注してきた多言語案件のうち、日本語へのローカライゼーションを L&H Japan Inc. (Mendez)で処理する。もう1つは、日本企業。日本の企業が海外向けに製品を輸出するとき、マニュアルやカタログなどの制作を余儀なくされるが、この日本語から多言語へのローカライゼーションを L&H Japan Inc. (Mendez)が営業活動をして受注し、世界の L&H Mendez グループへ仕事を割り振るのである。

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プロジェクトの受注

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プロジェクト管理工程プログラムの作成


柳 英夫さん (Human Resources and Total Quality Manager)

本誌の読者ならご存じの人も多いと思う。昨年の 12 月号まで「読んで試してできるパソコン教室」を連載でご執筆いただいた柳氏である。現在、柳さんは L&H Japan Inc. (Mendez) で Human Resources and Total Quality Manager として活躍中。つまり、翻訳者の採用と品質管理工程の構築を担当しているのである。具体的には、個々のプロジェクトごとに作業工程を作成したり、用語集作成の手順を考案したりする、いわばプロジェクト・マネージャー的な存在。

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用語集・表記法などスタイルガイドの作成

鈴木美保子さん (Translation Quality Assurance)

品質管理・品質保証担当。「本来は翻訳者に仕事をしてもらう前の準備をするのが仕事なのですが、現実には翻訳者から上がってきた翻訳のレビューをすることが多いんです。レビューをしなくてもよいくらい完全原稿になっているのが理想的なのですが・・・」と鈴木さん。

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在宅翻訳者へ仕事を発注


翻訳をサポートするエンジニアたち

ケビン・ウォレス (Technical Manager)

エンジニアリング担当。具体的には社内ネットを組んだり、翻訳工程で必要となるマクロなどのツールを作成したり、翻訳者からの技術的な質問などに対応する。


新堀結花さん (Localization Quality Assurance)

コンピュータ・エンジニア。技術情報の提供、サポートを行う。

横川 超(よこかわ・たける)さん (Assistant Linguist)

若干 19 歳の翻訳者である。『通訳・翻訳ジャーナル』の求人広告に応募して採用された。「英語の読解、日本語力に優れていた」とは採用にあたった能重さんの評価。社内で翻訳業務に従事。

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翻訳の仕上がりとプルーフ

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納品

プロジェクトのために結成された翻訳チーム
理想的なローカライズ環境を追究

翻訳者の宮代紘一さんがチーフになって翻訳からプルーフまでを請け負って行っているグループ翻訳プロジェクトチーム(L&H とは請負関係で雇用関係ではない)。このプロジェクトに参加しているのは、宮代さんが選りすぐった翻訳者たちだ。Windows NT マシンを LAN でつなぎ、翻訳支援ツール「Trados Workbench」を使って翻訳メモリを共有しながら翻訳を進めている。

ジョブの受注後、参考資料の確認、用語集の作成/整備、翻訳スタイルガイドの確定などの準備作業を行い、L&H やクライアントととの質疑応答の方法を確認し、メンバーの翻訳分担を決め、宮代さんを含めた全員で翻訳を進める。全員が内容を把握し、目標とする品質レベルを認識した後、他の翻訳者が訳したものを宮代さんがチェックしていく。

Interview
宮代紘一さん (翻訳者)

翻訳者の実力を 120% 発揮できる、理想的な作業環境

昨年 11 月より、優秀な翻訳者の方々 4 人に協力していただいてチーム翻訳を進めています。ポイントは、Trados Workbench の翻訳メモリ (TM) の共有と一ヶ所に集まって、密接な連絡を取りながら翻訳作業を行っていることです。

Workbench は個人で使っても、それなりに翻訳効率を上げるのに効果的ですが、チーム翻訳に採用することで、より多くの機能を引き出すことができます。グループ翻訳の場合には、数人が 1〜3 週間の工程で同じジョブに携わるので、われわれにとって Workbench は、データベースというより「チーム翻訳管理ツール」としての機能が重要です。われわれチームでは、1 回のジョブで TM を使い捨てており、1 度作った TM を将来別のジョブに再利用しようなどとは考えていません。LAN 上で TM を他の多くのメッセージツールやジョブ管理ツールと組み合わせてローカライズの効率化と全体的整合性を実現しているので、TM だけの効果を論じることはあまり意味がありません。

私にとって L&H と協力してチーム翻訳の実験を進められるということは、L&H から、LAN に接続された NT マシンを借り、ジョブの供給を受けているというだけではありません。現時点では、ほぼ私が理想とする翻訳環境が実現されており、これが今後の翻訳環境だと信じ、このような翻訳環境を L&H と共同で構築できることを非常に幸福に感じています。

その環境の概要は次のとおりです。

  1. ジョブにかかる前に、L&H 側からジョブの背景について説明があり、どのようなクライアントからどのような作業内容と最終製品を期待されているかの説明がある。
  2. 必要、かつ可能であれば、クライアント先で実際のソフトを動かしてもらえる。あるいは、デモ版をマシンで動かして、翻訳対象を理解することができる。
  3. 必要に応じて辞書、参考書、雑誌類を購入してもらえる。
  4. 全ジョブが当然 IT 分野であるが、新堀さんという優秀なSEがわれわれチームのすぐ近くにいて、SE の世界では常識的な内容であれば、すぐに質問して回答が得られる。
  5. 各種ソフトの使い方、新しい管理ツールの試験など、柳さんを始めとする L&H 側担当者といつでも打ち合わせができ、作業の効率化を図れる。
  6. 英文に問題があれば、同じフロアのネイティブに意見を聞くことができる。
  7. 対象ソフトの動作などジョブプロパーの細かい疑問点については、ニューズグループなどを通じてクライアントから直接、あるいは L&H 経由でフィードバックが得られる。
  8. 納品結果についてのクライアントの反応についても、L&H からフィードバックがある。

もちろん、毎回のジョブについて上記のすべての条件がそろうわけではありませんが、少なくとも L&H がそのために積極的な努力をし、われわれチームが 120% の実力を出して、少しでもよい製品を吐き出せるような環境づくりをしてくれています。

私としては、上記の各種ツールの効果を最大限に享受するため、原則同じフロアでいっしょに仕事をできる方で、一定の実力を備えた方にのみチームに参加してもらいたいと考えています。現在は、まだ実験中で多くの試行錯誤を重ねていますが、一度軌道に乗れば私の設定した下記の条件を満たす方であれば、最低でも毎月コンスタントに 40 万円ほどの収入は得ていただけると思います。

現時点は、まだ試行錯誤段階で、私の下に 4 人の方に参加していただいて人数的には十分ですが、近い将来にはチームを拡大したり、サブチームを作る可能性もあります。IT 分野に強く、月 に 4 万ワードほどを翻訳する力があり、都内に通勤が可能な翻訳者の方を求めています。そのような方でこのチームへの参加を希望される方は、私にメールでご連絡ください。





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