書斎



翻訳者にとって強力な翻訳ツール
    「秀丸エディタ」を使いこなせ!

(「通訳・翻訳ジャーナル」 1999 年 1 月号記事)


この記事は、『通訳翻訳ジャーナル』1999年 1 月号特集「品質管理と作業効率アップのノウハウ」 に寄稿したものに訂正、加筆したもので、イカロス出版社のご好意により、ここに再録いたしました。


宮代 紘一: 1943 年生まれ。東京外国語大学インドネシア語科卒。大学卒業後、外務省に入省。アイルランド、インドネシア赴任を含めて 8 年間勤務。退官後、鋼材専門商社のインドネシア支店長として 7 年間、インドネシアの現地法人の副社長として 2 年間、日本の商社のロスアンゼルス支店の支店長として 3 年間勤務し、日本に帰国。帰国後、翻訳会社を知人と設立し、社長を 2 年間務めるが、売却して健康食品会社のアメリカ法人の総支配人として 2 年あまり勤務し、帰国。その後、フリーの翻訳者として活躍。昨年より、大手翻訳会社、潟Tン・フレアのローカライズ部門の品質管理および教育担当部長に就任。プロ翻訳者教育プログラム「Pre-OJT」および「OJT」コースの担当講師も務める。


  私の秀丸エディタの使い方

DOS の時代には、エディタは非常に使いにくく、プログラマがソースプログラムの作成に使用する道具という見方が一般的でしたが、Windows が普及してからはエディタもポピュラーになり、今ではエディタが何かについて解説は不要でしょう。

簡単に言えば、ワープロソフトからページレイアウトやスペルチェックなどのお化粧機能を省いて、テキストの作成と編集に必要な最低限の機能(入力、コピー、移動、削除など)だけを軽快に使えるようにした道具ということになるでしょう。

現在は、数種類のエディタが出回っていますが、秀丸エディタは、私の知る限り Windows の GUI を最初に利用したエディタで、DOS の時代にポピュラーであった VZ エディタや MYFES を追い越してあっという間にスターの座に踊り出ました。

私は Windows 3.1 の時代から秀丸を愛用していますが、本誌の多くの読者同様に文科系の翻訳者であって、プログラム1つ書けません。秀丸はエディタとはいえ、非常に多機能を備えており、私がそのすべての機能を使いこなしているわけではありません。したがって、単に秀丸の機能を解説するのであれば、プログラマやパソコンフリークの中に私よりはるかに優れた説明ができる方がたくさんいると思います。ここでは、あくまでもフリーランスの翻訳者として、私がどのように秀丸を使ってきたかを説明したいと思います。

私は 1992 年の 8 月にカリフォルニアでの駐在から帰国し、9 月に在宅翻訳者として独立しました。翻訳者として出発した私にとって、一番の難題は翻訳文の最終見直しでした。夜中の作業は当たり前、ときには徹夜をして仕上げた 100 ページ、300 ページの翻訳文に訳漏れや用語の不統一がないはずはありません。それをそのまま提出したのでは、いくら高品質を心がけた翻訳でも社会で通用する製品とは言えません。一方、人間はだれでも自分のやった仕事にミスを認めたくないという気持ちが潜在的にあり、どうしても完全な見直しはできません。自分の訳文を読み直して、表現を改善し、誤字(変換間違い)を訂正する作業はそれほど面倒ではありませんが、パラグラフの中程、末尾などで1文が抜けている訳抜けを原文と照合しながら探すことは退屈で、時間がかかり、しかも完全を期せない仕事です。

そこで、独立してから半年後に、私は原文をスキャナで読み込むことを思いつきました。フラットベッドのスキャナは高かったので、まずハンドスキャナで半年実験を行い、これはいけるという確信を得てから当時で十数万円のフラットベッドスキャナを購入しました。今では、スキャナを利用している翻訳者をちらほら見かけるようになりましたが、当時はスキャナで文書を読み取ることは実用的ではないという意見が圧倒的で、私の知っている限りスキャナを使っている翻訳者はいませんでした。

それは、印刷された原文をスキャナで読み取っても、原文のページレイアウトが取り込まれてしまうので、全ての行に改行マークが入り、さらに見出しの下の本文はインデントされており、図表の横の文章は短く左右いずれかにずれています。スキャナでしっかりと読みとれても、OCR の性能が悪ければ正しい単語に変換されません。このような不体裁なテキストを、翻訳用の左詰めのテキストに整形し、正しい文章にすることは手間がかかりすぎて実用的ではないと考えられていたわけです。

そこで、当時単に文章の入力に使っていた秀丸が役に立ちました。DOS の時代には、エディタで正規表現やマクロを使うことは大変なことで、よっぽどのオタクでなければ使えませんでした。それが、秀丸では標準機能で正規表現やマクロを簡単に使えるようになったのです。たとえば、OCR でテキスト化した文章の各行末にある改行マークを削除するには、[検索]->[置換]で、[正規表現]を指定して、[改行記号] を [何もない] に変換してやればいいわけです(正規表現を使うと、改行記号や任意の文字列、文字の繰り返しなどを記号を使って指定できるようになります)。これをマクロにしてツールバーにボタンとして登録しておけば、そのボタンをクリックするだけで全テキストから不要な改行マークが削除できるわけです。

マクロとは、よく使用する連続したキー操作などを非常に短い簡単なプログラムとして登録したもので、キーに割り当てておけば、数回分のキー操作が 1 つのキーを押すだけで実行できます。このマクロも、DOS の時代にはコマンドラインから打ち込む必要があり、使いにくかったのですが、秀丸ではだれでも簡単に使えるようになりました。キーマクロという機能があり、[マクロ] -> [キー操作の読み込み] を指定して実際に行いたい操作をキーボード上で実行すると、その内容がスクリプトとして記述され、そのスクリプトに名前を付けて保存し、キーに割り当てることができます。しかも、秀丸でそのスクリプトを開くと、登録した一連のキー操作がマクロで記述されており、それを参考に新しいマクロを自分で記述できます。余談ですが、今ではMS Wordを使えば目次が簡単に作成できるようになりましたが、私は目次作成マクロを作り、本来なら半日以上かかる数百ページのテキストの目次作成作業を 15 分で終え、大いに得をした気分になりました。

このように正規表現とマクロを使ってスキャナと OCR で読み込んだテキストの体裁を整え、最後に MS Word でスペルチェックをかけると、驚くほど簡単に翻訳用の原文がテキスト化できました。

次の課題が指定用語の統一でした。100 ページ、200 ページのテキストで指定された用語を統一することは、たとえひとりで翻訳を行っても容易ではなく、さらにそのチェックに非常に時間がかかります。そのために、用語集が与えられているとき(当時は用語集が供給されてもすべてハードコピーでした)は、それをやはりスキャナと OCR で読み込んで、用語集のファイルを作りました。用語集がないときには、読み込んだ原文からキーワードと判断した用語を抽出し、用語集を作成するマクロを作成しました。これも秀丸があったからできたことです。

この用語集を sed というストリームエディタで原文に流し込むと英文の原文の中で用語集にリストされているキーワードはすべて日本語に置き換わり、これで専門用語の統一に悩む必要はなくなりました。

これで、紙で供給された原文をテキストファイルとし、原文の中のキーワードをすべて指定された日本語に置き換え、そのテキストを上書きするという私の翻訳スタイルができあがりました。これにより、翻訳終了後の見直し作業時間が大幅に短縮され、翻訳にかかる前にスキャナと OCR で原文を読み込んだり、用語集を作ったりする手間を考えてもはるかに効率的な翻訳が行えるようになりました。

ところでキーワードが日本語に置き換わったテキストで、できるだけその日本語を利用しながら翻訳を行うには、単語のコピー、貼り付け、移動、原文の削除などを効率よく行う必要があります。ここで、秀丸の [その他] -> [キー割り当て] が役に立ちました。

秀丸では、ファンクションキーや、[Ctrl]、[Shift]、[Alt] とアルファベットの 1 文字を組み合わせたキー操作が、すでにデフォルトで組み込まれており、これは秀丸のフォルダの中の key.txt というファイルに記述されていますが、秀丸のメニューで [その他] -> [キー割り当て] でこの設定をいくらでも変更できます。この機能を使って、よく使う機能をファンクションキー一発で実行できるようにし、欠けている機能はマクロで作成してキーに登録しました。

さらに、頻繁に使う機能は、そのときの作業の流れでキーボードとマウスのどちらを使っても実行できるようにしました。秀丸のツールバーは [その他] -> [動作環境] -> [ウィンドウ] -> [ツールバー詳細] で自由に変更できます。したがって、私はファンクションキーに割り当てた代表的な機能はツールバーからも簡単に使えるようにしました。

ところで、この上書き方式で翻訳を進めるには、読み込んだ原文テキスト、上書き翻訳するテキスト、参考のための用語集、翻訳者注を作成するためのファイル、さらに場合によっては参考資料と、4 つ以上のファイルを常時開いておくと便利です。そうなると、やはりエディタの軽快さがワープロソフトを凌ぎます。おまけに秀丸には 2 つのファイルを同時にスクロールする機能があり、これを使うと上書き翻訳しているファイルと裏にある原文ファイルが常に同じページが表示されるようにでき、非常に便利です。

このように常時複数のファイルを開いて作業する場合には、作業を終了するときにすべてのファイルを一括して閉じ、次に作業するときにすべてのファイルが元の位置に復原されると便利です。これも、秀丸では、[その他] -> [動作環境] -> [ウィンドウ] -> [高度なウィンドウ設定] で [全終了時にいっしょにデスクトップを保存する] をチェックしておき、[ファイル] -> [全保存終了] と [ウィンドウ] -> [デスクトップ復原] をツールバーに入れておくと、すべてのファイルを閉じたり、開いたりが簡単にできます。さらに、[その他] -> [設定] で [カーソル位置の自動復元] をチェックしておけば、各ファイルとも閉じたときのページが開かれます。

また、[検索] メニューで開く検索ダイアログで [次の秀丸も続けて検索] をチェックしておくと、複数のファイル、つまり用語集にも参考資料にもすでに翻訳した部分にも一度に検索がかけられて便利です。

このように、秀丸は私の翻訳効率を大幅に向上させてくれましたが、さらに予期しないメリットがありました。この翻訳方法では、英文の原文と翻訳した日本文の 2 つのファイルが対で残りますが、これも 1 年、2 年と経つと膨大な量になります。しかし、秀丸では、本来 UNIX の検索コマンドである grep という検索機能を簡単に実行でき、この膨大なデータベースに対してあっという間に検索を実行できるのです。指定した検索用語が入った行がすべてリストされ、その中に目的の文があれば、秀丸の [タグジャンプ] という機能を使うとそのファイルのその用語の使われているページが表示されます。この結果、過去の自分の翻訳が辞書として使えるようになるのです。紙の辞書では目的の用語を見つけやすいように見出しがあいうえお順やアルファベット順に並んでいますが、電子ファイルでは用語が一定の順序で並んでいる必要はありません。大量のデータがあれば、その中のすべての用語に対して grep で検索をかけられます。まさに、秀丸の grep が辞書の概念を変えてくれました。

始めに述べたように、私は秀丸の華麗な機能を知っていて秀丸を使い始めたわけではありません。翻訳の品質と効率の向上をめざして工夫した結果、たまたま使っていた秀丸に欲しい機能がほとんどそろっていたということです。皆さんの工夫次第でもっと多面的な使い方ができるでしょう。カスタマイズの自由度の高さが秀丸の最大のメリットと思います。

なお、秀丸の解説書としては、次の 1 冊しか出版されていません。詳細な機能については、これを参考にしてください。
「秀丸参上!」(ナツメ社)

また秀丸はシェアウェアで、Nifty-Serve の FWINAL のデータライブラリからダウンロードでき、疑問点があれば 18 番会議室質問できます。作者の(秀まるおのホームページ)は、http://hidemaru.xaxon.co.jp/です。






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